逆境に挑むパイオニア:遠藤仁先生の挑戦
ISSUE 9|科学と投資、そしてインパクトを切り拓くビジョナリー創業者の旅路
背景
87歳となった今も、遠藤仁(えんどう ひとし)先生は、二十年前に大胆な一歩を踏み出した当時と変わらぬ情熱で科学を語ります。2005年、67歳のときに彼が設立したのが、バイオテク企業のジェイファーマ株式会社。その原点は2003年、LAT1(L型アミノ酸トランスポーター1)という様々ながんで過剰発現するタンパク質を標的とした、世界初の低分子阻害剤「ナンブランラット」の発明にありました。このブレイクスルーこそが、同社の科学的ミッションを形づくったのです。
2025年7月、私たちSIIFICのインターンは、遠藤先生にお会いし、創薬と起業、ベンチャーキャピタルからの資金調達、そしてインパクト投資家との出会いについて、お話をうかがう機会を得ました。
🚀 医学生からビジョナリー創業者へ
遠藤先生の歩みは、現在の東京科学大学(旧東京医科歯科大学)の講義室から始まりました。医学部を卒業後、内科に所属し、3年間臨床医として勤務。慢性腎不全の初期の血液透析による治療や、原因不明の全身性エリテマトーデス(SLE)の原因解明とステロイド剤での治療など、当時の最前線医療に挑戦していました。こうした「難病」の現場経験が、病の原因を根本から探る基礎研究への情熱を育んだのです。
その情熱は、東京大学医学部薬理学教室での基礎研究専念へとつながります。やがて海外の創薬研究のスケールとダイナミズムに魅了され、ドイツ・ベルリン自由大学医学部薬理学研究所とゲッチンゲンの実験医学研究所で計3年間、腎臓や中枢神経の研究に没頭。この経験は、従来のアプローチへの疑問をさらに深めることになりました。
帰国後は東京大学で助手、講師、助教授を経て19年間、医学生の教育、若手医師の研究指導、そして分子生物学を駆使した糖やアミノ酸の病態代謝研究に本格的に取り組みます。
そんな形成期を振り返ると、今も忘れられない内なる葛藤があったといいます。ドイツの教授は「医薬研究は常にその時代における最善を追求すべき」と語り、一方で東京大学の教授は「生体の基礎医学研究が先行するべきで、新薬への開発は期を熟すまで待つ」と主張。遠藤先生は長らくその間で揺れ動きました。
転機は1993年。100年以上の歴史を誇る国立の東京大学から、若い私立の杏林大学へ移籍。「イノベーションは待っていられない」と心に決め、積極的に挑戦する道を選んだのです。
『その時はいつか来る』と教授は言っていましたが、私は『それはいつなのか』と問い続けていました。答えはシンプルでした。待つのではなく、自ら動くことだと。
🧬 ナンブランラト誕生:名づけに宿る哲学と故郷の記憶
日本での医薬品命名は、とても繊細で象徴的なプロセスです。「ナンブランラト」という名前には、先生の故郷・岩手県の旧地名「南部(Nanbu)」と標的タンパク質LAT1の組み合わせが込められています。1年をかけた命名は、単なるブランド戦略を超えた、先生の原点とビジョンの象徴でした。
一文字一文字に意味があるべきだと思いました。これは単なるブランド名ではなく、私のルーツとビジョンを託したものです。
💡 豆知識
日本は世界第3位の医薬品市場であり、革新的治療への需要が高い国です。しかし、医薬品名はラテン文字表記だけでなく、カタカナ表記でも厳しい審査が行われます。英語発音との整合性や患者認知との親和性が特に重視されます。
🌱 迷いなき一手:科学と経営のはざまで揺れる決断
創業当初、ジェイファーマは基礎研究に特化したスタートアップでした。大きな転機は、当時アメリカに在住していた金井好克先生の招聘でした。
シンポジウムの場で『来てくれ』と一言。リスクは感じましたが、彼の専門性は必要不可欠だと確信していました。
その後、資金調達の重圧とともに、ジェイファーマは戦略的に進化を遂げていきます。遠藤先生はこの過程をこう振り返りました
初期はAMEDやNEDOといった政府系助成に頼っていました。今で言うところのディープテック型ブレンデッドファイナンスです。やがて資金規模が拡大するにつれ、ベンチャーキャピタルが重要となり、経営体制や戦略の見直しを迫られました。
🤝 VCとの対話:価値観の違いを乗り越えて
遠藤先生は、製薬系VCと金融系VCの違いをこう語ります。
前者はサイエンスと事業戦略に深く踏み込み、後者は経営ビジョンや事業の成長性を問います。どちらも重要ですが、根本的にアプローチが異なるのです。
そして、SIIFICのシステムマッピング手法が、自身の包括的なウェルネス・個別化医療観と完全に一致していると評価しました。
あのシステムマップは衝撃的でした。従来の医療パラダイムから、生活の質全体、すなわちウェルネスパラダイムを高める方向へと私たちの焦点を大きくシフトさせてくれたのです。
この気づきに突き動かされ、遠藤先生は早期診断の重要性に注目。臨床医と協力し、がんを初期段階で発見できる腫瘍マーカーの開発に着手しました。
🎯 サイエンスとインパクトの架け橋:SIIFICウェルネスファンド
梅田さんと三浦さんによって組成されたSIIFICウェルネスファンドは、サイエンスとリターンの両方を強みとするインパクトファンドです。彼らは製薬・医療機器・VC業界で20年以上の実績をもち、深い専門知識を活かして、ジェイファーマのような変革的スタートアップを見出し、支援しています。
SIIFICは「誰もがよりよく生きられる社会(Wellness Equity)の実現」という大きなゴールに向け、Theory of Changeに基づく投資活動を行っています。遠藤先生との協働は、サイエンスと社会的意義の深い結びつきを体現しています。
🧩 分子の視点と投資の知恵の融合
SIIFICとジェイファーマの関係は単なる資金提供にとどまりません。サイエンス、製薬・ヘルスケア業界、事業会社経営のバックグラウンドを持つ梅田さんと三浦さんは、複雑な事業環境をナビゲートし、創薬から患者への橋渡しを加速する戦略的パートナーです。
SIIFICの支援は、資金面に留まりません。サイエンスとVCの両面での知見が、バイオベンチャーにとって本当に価値ある支えになっています。」
🌟 創業者の知恵とAI創薬の未来
遠藤先生に、起業家へのアドバイスをお聞きしました
「一番大切なのは、最初の志を貫くことです。方向転換は許されますが、核心を早々に捨ててはいけません。」
AI創薬については、その可能性を認めつつも限界を指摘しました。
「AIは記憶や検索には優れています。第2世代、第3世代の薬には有効でしょう。しかし、真に革新的な創薬には、人間の直感と創造性が不可欠です。」
⚖️ 去り際の美学:繊細な役割の変化を乗り越えて
遠藤先生は現在、ジェイファーマの取締役会や経営からは退き、「創業者・顧問」として関わっています。創業者が企業成長やIPO準備の過程で直面する繊細な役割の変化を体現しつつ、越権せずに知見を共有し続けています。
🔥 最後に:起業家精神を讃えて
遠藤先生の歩みは、先見性ある起業家精神の真髄そのものです。
揺るぎない探求心、大胆な意思決定、そして一貫した情熱は、私たちに強いインスピレーションを与えてくれます。
SIIFICは、遠藤先生のような起業家を心から敬い、日本のスタートアップ・エコシステムを前へと押し進める原動力として位置づけています。こうした存在こそが、革新と希望を同時に生み出すエンジンなのです。
🔔 ジェイファーマの最新情報:FDAによる第3相臨床試験へ前進
ジェイファーマは、2025年5月13日に米国FDA(食品医薬品局)より、CMC(製造および品質管理)に関するType-Cミーティングの結果を受領し、ナンブランラトの第3相臨床試験への道筋が確認されました。商用生産に耐えうる品質基準も満たしており、ジェイファーマは2030年の承認取得と、難治性がん患者に対する治療選択肢の提供を目指しています。


