インパクトのその先へ:「本質」か「見せかけ」か?
ISSUE 6|次世代が問い直す、インパクト・ウォッシングのリアル
インターン初寄稿:次世代視点で“インパクト・ウォッシング”を検証
*SIIFIC Newsletter ISSUE 6(日本語版)
SIIFICインターンのLily ThomasとKai Rosenbaumが執筆した本号では、「インパクト・ブランディング」をテーマに掲げ、「本質的なインパクト」と「インパクト・ウォッシング」の境界を分析的かつ客観的な視点で掘り下げています。次世代ならではのフレッシュな視点を、ぜひお楽しみください。
📝 From Lily and Kai
私たちは、SIIFICのインターンとして、インパクト投資の世界に「新鮮な視点」と「学術的好奇心」を持って飛び込みました。イギリスとアメリカ出身で、それぞれ経済学・社会学、ビジネス経済学を学ぶ私たちは、まだキャリアを歩み始めたばかりです。だからこそ、従来の常識に縛られず、日本のウェルネス・ヘルス分野のインパクト投資における新たなトレンドや課題を素直に問い直すことができます。このニュースレターでは、そんな私たちが見つめた「本質的なインパクト」と「インパクト・ウォッシング」の境界を明らかにしていきます。
🌟 記事のポイント
「インパクト・ウォッシング(Impact Washing:見せかけのインパクト)」の本質を明確化
ベンチャーキャピタルが掲げる「インパクト・ファースト(Impact First)」と「ファイナンス・ファースト(Finance First)」の違いを見極める
「インパクト・ウォッシング」はなぜ起こるのか?
Googleトレンドから読み解く「インパクト・ウォッシング」への意識の高まり
🇯🇵 日本におけるインパクト投資の成長と課題
日本のインパクト投資市場は現在、力強く拡大している。「インパクト投資に関するアンケート調査(2024年)」によれば、日本のインパクト投資残高(AUM)は昨年比150%、17兆3,016億円に到達した(調査に回答し基準を満たした59機関による)1。
一方で気になるのは、情報公開や説明責任に関する明らかなギャップの存在である。調査対象の企業のうち、
「インパクトレポートを定期的に公表し、当社のステークホルダーが知るべき情報を過不足なくわかりやすい形式で伝えている」
と回答したのは53%にとどまっている2。また、回答機関のAUMのうち、プライベートエクイティが占める割合はわずか2%である3。
このような透明性の欠如は、社会的・環境的な価値創出を意識して事業展開する先進的なベンチャーキャピタルにとって、深刻な脅威を生み出している。インパクト投資とは本来、
「財務的リターンに加え、明確に測定可能な社会的または環境的インパクトを生み出すことを意図した投資活動」
である4。しかし、インパクト投資という概念が2007年にロックフェラー財団によって明文化されて以降も5、言葉が先行し、実態が伴わない「インパクト・ウォッシング」は依然として存在している。
本記事では、日本のVC市場の現状を踏まえながら「インパクト・ウォッシング」を再定義し、その混乱を整理していく。
「インパクト・ウォッシング」とは何か?
「インパクト・ウォッシング」には、まだ統一された明確な定義が存在していない。インパクト投資業界内では抽象的に語られることが多く、一般社会ではほとんど知られていないのが現状だ。ハーバード・ビジネス・スクールのオンライン記事によれば、
「ファンドマネージャーや債券発行体が、環境や社会に対するポジティブな影響を偽って主張すること」
と定義されている6。
そもそも「インパクト・ウォッシング」という言葉は、「グリーン・ウォッシング(見せかけの環境保護)」から派生したものであり、2000年代後半から2010年代初頭にインパクト投資が新たな投資手法として登場した頃に生まれたと言われている。
この概念を理解する上で重要なのは、「何を対象にしてウォッシングを行っているのか?」という点だ。株式会社talikiの創業者兼CEOである中村多伽氏は、自身の記事の中で次のように本質的な問いを投げかけている。
「あなたが向き合っている社会課題は、世界が今まさに直面する最も緊急性の高い問題なのか? 支援を必要としている人々に、本当に届いているのか?」7
つまり、「インパクト」とは表面的な「形だけ」の取り組みではなく、社会が抱える複雑で緊急性の高い課題に対して、本質的で構造的な変化を生み出すものでなければならない。
「インパクト・ウォッシング」という言葉を分解して考える
「インパクト・ウォッシング」を正確に理解するために、まず言葉を「インパクト」と「ウォッシング」の2つに分解してみよう。これらの言葉のほうが、より明確な定義を持っている。

→ インパクト・ウォッシング= インパクト+ ウォッシング
🎯 インパクトとは?
VC業界をリードする組織でさえ、その定義にはさまざまな表現や範囲がある。例えば、英Better Society Capitalは、インパクトを次のように定義している。
「ベンチャー投資におけるインパクトとは、スタートアップの使命や目的が特定の社会的または環境的成果を目指し、それを主に中核的な製品やサービスを通じて達成することである」8。
一方で、Impact Frontiersはより広い意味でインパクトを捉え、
「組織によって引き起こされた『結果(アウトカム)』の変化であり、その変化はポジティブな場合もネガティブな場合も、意図した場合も意図しなかった場合もある」9
としている。ここで言う「結果(アウトカム)」とは、「個人や社会グループが体験するウェルビーイングの水準、あるいは自然環境の状態」とされている10。
また「ネガティブなインパクト」の可能性を考えるとき、『Impact VC Playbook』およびGIINによれば、
「投資家は自らの行動がもたらす影響に自覚的であり、ネガティブな影響を抑え、ポジティブな影響を増やすためのアクティブなインパクトマネジメントが必要だ」11
と述べられている。
🧼 ウォッシングとは?
「組織が、実際には助けたり守ったりしていない(または害を与えている)にもかかわらず、まるで支援や保護をしているかのように見せかける行為」12。
具体例としては、環境配慮を装う「グリーンウォッシング」、LGBTQ+支援や乳がん啓発を装う「ピンクウォッシング」、社会的・経済的インパクトを装う「ブルーウォッシング」などが知られている。
「インパクト」と「ファイナンス」、どちらが先か?
インパクト投資を語る際に議論を複雑化させるのは、「インパクト・ファースト」と「ファイナンス・ファースト」という2つの軸で投資方針を区別する考え方である。SIIFICは、この2つの目的を同等に重視している。
🤝 インパクト・ファーストとは?
「インパクト・ファースト」のファンドや組織は、使命やミッションへの共感を前提に投資を行い、資金の全額回収や一定のリターンを必ずしも求めないことが特徴である13。こうした組織は、事業活動の全体を通じてインパクトを生み出すため、OPIM(Operating Principles for Impact Management)や、Theory of Change(変化の理論)などのフレームワークを導入し、次のステージへ進もうとしている。
しかしながら、インパクト投資の難しさは、スタートアップの事業運営の効率性の低さや、規模の大きいファンドほどハイリスクな企業に対して個別のサポートを提供しにくい点にある。スタートアップは社会変革の可能性を秘めている一方で、経験や規模が不十分であり、逆に規模の大きい企業は既存事業の収益や評判を重視するあまり、社会的な課題解決のインセンティブが弱くなる傾向がある。このジレンマへの解決策として考えられるのが、投資家が各社と「協創チーム」を作り、リスクを分散しながら、効率的かつ構造的な社会変革をもたらすことである14。
日本においては、例えばJANPIA(公益活動推進協会)が「インパクト・ファースト」のファンドとして、「一般的な金融機関が投資をためらうハイリスク領域、低リターン事業、前例のない新たな手法にチャレンジするスタートアップ」に資金を供給していると公表している15。
💰 ファイナンス・ファーストとは?
一方、「ファイナンス・ファースト」のインパクトVCは、「社会・環境的インパクトを生みつつも、同時に明確な財務リターンを狙う」投資を行う16。そのため、このタイプのファンドでは、財務評価やインパクト測定・管理(IMM)において一定の標準化を行い、運営コストを抑えて、一般の投資ファンドと同等のリターンを達成しようとする傾向がある17。
ファイナンス・ファーストのインパクト投資方針は、単なる利益追求ではなく、「明確なインパクト目標を掲げながら、市場において競争力のあるリターンを生む」という厳しい基準を設けることで、財務パフォーマンスを犠牲にすることなく、リアルかつ拡張可能なインパクトを目指している。言い換えれば、インパクトと財務規律を両立した「機関投資家品質」の投資モデルと考えることもできる。
こうした投資原則を体現する好例として挙げられるのが、Phenix Capitalである。同社は精緻なデューデリジェンスプロセスを導入しており、投資家が安心して「ファイナンス・ファースト」インパクト投資を選択できるよう、豊富なデータと透明性の高いデータを提供している18。
「インパクト・ウォッシング」への認知の高まり

近年、世界的に「インパクト・ウォッシング」への関心が明らかに高まっている。これは、ステークホルダーがより正確な情報に基づいて意思決定を行うための土壌が整いつつあることを示している。
図2は、2009年から2025年までの「インパクト・ウォッシング」「インパクト・ウォッシ」および「インパクト・ウォッシングとは何か」といった関連語句のグローバルな検索動向を示したものである。グラフを見ると、検索数の増加は明白であり、「インパクト・ウォッシング」という言葉に対する理解や浸透度が、世界的に着実に広がっていることがわかる。
この検索トレンドの上昇は、単なる言葉の認知拡大にとどまらない。これは、インパクト投資がグローバルな金融エコシステムのなかで成熟しつつあり、今後さらに厳しい監視や創造的な解決策が求められるようになることの予兆でもある。SIIFICが関わるウェルネスやヘルスケア分野を含む多くの業界では、インパクト投資の真正性を担保するために、新たなフレームワークや規制が形成されつつある。業界のリーダーやスタートアップ企業は、その境界線を引き、明確な基準を打ち出す役割を果たしていく必要があるだろう。
私たちが目指すのは、「インパクト」という言葉が単なる理想やビジョンとして語られるのではなく、測定可能で実効性ある成果に裏打ちされる環境をつくることだ。
GSG Impact JAPAN National Partner, "Current State and Challenges of Impact Investing in Japan FY2024 Survey," Mar. 31, 2025. [Online]. Available: https://impactinvestment.jp/user/media/resources-pdf/gsg-2024_en.pdf.
Ibid, p.28.
Ibid, p.22.
Global Impact Investing Network (GIIN), "What you need to know about impact investing," Jan. 24, 2025. [Online]. Available: https://thegiin.org/publication/post/about-impact-investing/#what-is-impact-investing, p. 4.
R. Bugg-Levine and J. Emerson, “Impact investing: Transforming how we make money while making a difference,” Innovations: Technology, Governance, Globalization, vol. 6, no. 3, pp. 9–18, 2011.
Harvard Business School Online, "What Is Impact Washing?," Harvard Business School Online Blog, August. 4, 2022. [Online]. Available: https://online.hbs.edu/blog/post/what-is-impact-washing
T. Nakamura, "インパクトを再考する-ウォッシュによる弊害とは何なのか," note, Jul. 16, 2024. [Online]. Available: https://note.com/kissmetk/n/nee5ec64b9b81
J. Lenhard, "Impact and ESG in venture capital: Getting the basics right and pushing forward," Better Society Capital, May 30, 2022. [Online]. Available: https://bettersocietycapital.com/latest/impact-and-esg-in-venture-capital-getting-the-basics-right-and-pushing-forward/
Impact Frontiers, "Five Dimensions of Impact," Impact Frontiers, 2025. [Online]. Available: https://impactfrontiers.org/norms/five-dimensions-of-impact/
Ibid.
Impact VC, "What is impact and how is it created," Impact VC Playbook, 2025. [Online]. Available: https://impactvc.gitbook.io/vcplaybook/impact-fundamentals/what-is-impact-and-how-is-it-created
Cambridge Dictionary, "washing," Cambridge University Press, 2025. [Online]. Available: https://dictionary.cambridge.org/us/dictionary/english/washing
Centre for Social Impact and Ākina Foundation, Impact Investment: Part One – An Introduction to Impact Investing, 2015. [Online]. Available: https://www.impactinvestingnetwork.nz/resources, p.8.
Investment Note, JANPIA, Jul. 16, 2024. [Online]. Available: https://investment-note.janpia.or.jp/n/nfb3247683ad5
Ibid.
Centre for Social Impact and Ākina Foundation, Impact Investment: Part One – An Introduction to Impact Investing, 2015. [Online]. Available: https://www.impactinvestingnetwork.nz/resources, p.8.
Ibid.
"Impact Funds Database," Phenix Capital Group. https://phenixcapitalgroup.com/impact-funds-database (accessed Jul. 01, 2025).
著者紹介
この記事は、SIIFICでのインターンシップ開始から2週間、VC業界に触れたインターンの視点からLilyとKaiが執筆しました。
リリー・トーマス(Lily Thomas)
米アマースト大学で経済学を専攻する4年生、イギリス出身です。経済学を中心に学んでいますが、社会学や建築にも興味があります。SIIFICでベンチャーキャピタルのミーティングに参加したり、レポートやステークホルダーとのやりとりを通して、「Impact Washing(見せかけのインパクト)」という言葉が頻繁に登場することに気づきました。これまで授業で学んできた「インパクト」は抽象的で主観的なイメージでしたが、実際に業界に入ってみて、「具体的な指標がないままで本当に社会の課題を解決できるのか?」という疑問を持つようになりました。これからさらに業界のことを深く学びながら、「Impact Washing」の真相に迫っていきたいと思っています。
趣味はスカッシュをすること、行動経済学やニューロマーケティングの研究をすること、お気に入りの音楽プレイリストを作ること、ポストカード集め、美味しいコーヒーを探すこと、そしてイギリスの田舎を愛犬(ジャッカプー)と一緒にゆっくり散歩することです。
カイ・ローゼンバウム(Kai Rosenbaum)
カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)でビジネス経済学を専攻する3年生、父はアメリカ人、母は日本人です。日本や東京を何度か訪れたことはありますが、実際に日本でインターンをするのは今回が初めてです。金融分野に関心があったため、SIIFICでデューデリジェンスや投資先の分析、ビジネスの実務に触れることを楽しみにしていました。インパクト投資という分野に触れるのは初めてですが、SIIFICの「本物のインパクトを生む企業に投資する」という考え方に共感しています。その一方で、「Impact Washing」を行う企業がなぜ説明責任を避けているのか、その背景にも強い関心を持っています。
趣味はサッカーで、以前はカリフォルニア大学サンタクルーズ校でクラブチームに所属していました。家ではミックステリアの愛犬「ポポ」と過ごす時間が何より好きです。


