VCが自らに基準を課すとき:B Corpが映す投資の現在地
ISSUE15 資本を動かす者こそ、社会の一員としての責任を
気候変動、不平等、人口減少、地域の疲弊。私たちが直面する課題は、かつてないほど複雑さを増しています。その中で根本的に問い直されているのは、「企業の成功とは何か」「投資の目的は何か」という普遍的なテーマです。
世界のベンチャーキャピタル(VC)業界では、いま大きな変化が起きています。投資先を評価するだけでなく、自らも社会から評価される立場に立とうとする動きが広がっています。その象徴が、B Corp認証をVC自身が取得するという新たな潮流です。
PART 1:B Corpとは何か、日本と世界の潮流
“At AENU, we’ve always believed that impact and returns aren’t trade-offs - they’re interdependent. Now, that belief is certified1”
(AENUでは、インパクトとリターンはトレードオフではなく、相互に依存し合うものだと常に信じてきました。いま、その信念が認証という形で証明されたのです。)
欧州発のインパクトVC AENUのCEO、Fabian Heilemann氏は2025年5月、B Corp認証の取得を発表した記事の中でこう語っています。その一言は、世界で進む「投資先だけでなく、自分自身をも基準で測る」という流れを象徴しています。
🌍 B Corpの誕生
B Corp認証は2006年、米国の非営利団体B Labによって始まりました2。その背景には、創設者の一部がアパレル企業AND1を経営していた経験があります。社会的責任を果たす経営を志しながらも、資本市場の圧力や企業売却の過程で利益優先のロジックに直面したことが、制度設計の着想につながったと伝えられています3。こうした経験から、企業が社会的価値と利益を両立できるよう「制度的な後押し」をつくろうとしたのです。
制度の仕組みは、200点満点の「B Impact Assessment(BIA)」に基づきます。ガバナンス、従業員、環境、顧客、地域社会の5領域を評価し、80点以上で認証されます。更新は3年ごと。スコアは公開され、透明性を確保する仕組みです4。
🔎 批判と進化
ただし、認証が広がるにつれ批判も出ました。「一部の領域で点を稼げば合格できるのではないか」「大企業のマーケティングに利用されているのではないか」。こうした声を受け、B Labは2026年以降の新基準導入を決めました。今後は「気候、人権、フェアワーク、JEDI(公平性・多様性・包摂)、循環性、政府関与、ステークホルダー・ガバナンス」の7領域に最低基準を設け、部分最適ではなく包括的な基準を求めます5。
🇯🇵 日本のB Corpの現状
2025年9月時点、日本でB Corp認証を取得した企業は64社に達しています6。食品ロス削減を事業の核とするクラダシ、古本買取・販売のバリューブックス、民間版の世界銀行を目指す五常・アンド・カンパニー、プラントベースのアメリカンクッキーなどを製造・販売するovgo、ネイチャーポジティブな土地開発・建築・運用を目指すSANU、そしてサステナブルファッションに挑むCFCLなど、多様な業種が名を連ねています。
B Market Builder Japan(BMBJ)が伴走支援を担い、中小企業や地域企業が認証を目指しやすくなったことも普及の背景にあります7。
しかし、このリストにVCの名前はまだありません。
🌐 世界のB Corp VC
世界ではすでに多くのVCがB Corp認証を取得しています。英国のBethnal Green Venturesは「テック・フォー・グッド」を掲げ、社会課題解決型のスタートアップ投資に早くからB Corpを導入しました8。ドイツのAENUは127.5という高スコアで認証を得ており9、米国ではSJF VenturesやObvious Venturesが認証を取得しています。
さらに、英国のインパクト投資家 Better Society Capital(旧Big Society Capital)も2023年にB Corp認証を取得しました10。同社は単に自らが認証を受けるだけでなく、LPとして出資するファンドに対してもB Corp基準に基づいた実践を後押ししています。その代表例が、消費者行動変容をテーマに掲げるEka Venturesや、サステナブル金融で知られるTriodosです。こうした連鎖的な認証取得の広がりは、「投資先企業」だけでなく「資金の流れ」そのものをB Corp基準に近づけていく 仕組みを示しています。
プライベートエクイティや資産運用会社にも広がり、資本の循環全体がB Corp基準を内包する方向へと進みつつあります。
⚖️ 日本VCの課題
一方、日本のVC業界ではDEIやコンプライアンスをめぐる問題が浮き彫りになっています。2024年には大手VCでのセクハラ問題が報道され11、LPからの対応要請にまで発展しました12。また日本ベンチャーキャピタル協会の調査では、女性や多様な人材の少なさが顕在化しています13。
世界のVCが「自らを評価される立場」に踏み出す中、日本のVCはいまだ「投資先を評価する側」にとどまっている。この乖離は今後、国際的な信頼を左右する大きな要因となるでしょう。
PART 2:なぜVCがB Corpを目指すのか — AENUとEka Venturesから学ぶ
AENUのCEO、Fabian Heilemann氏が「哲学」を語るなら、Eka VenturesのGeneral Partner、Jon Coker氏は「基準」を提示しました。彼はこう述べています。
“…shared value is the creation of economic and societal value in parallel.14”
(共有価値とは、経済的価値と社会的価値を並行して創造することです。)
さらに、インパクト投資の位置づけについても明確に線を引きます。
“…impact isn’t an investment thesis in and of itself. VCs need to decide where they are going to be experts and then build on that. We decided that at Eka, our core objective is to identify investment themes that would deliver impact and value in parallel.15”
(インパクトはそれ自体が投資テーゼではありません。VCは自らの専門領域を定め、その上に戦略を築く必要があります。私たちEkaでは、インパクトと価値を並行して生み出す投資テーマを特定することを核心に据えています。)
Heilemann氏が「インパクトとリターンの相互依存」を哲学として掲げたのに対し、Coker氏は「共有価値」や「投資テーマの選定」という具体的な基準を示しています。二人の言葉を並べることで、なぜ世界のVCがB Corpを必要とするのかが鮮明になります。
🤝 信頼への圧力
インパクト投資市場は2024年時点で 約1.571兆ドル(USD) に達しました16。これは2019年の5,020億ドルから約3倍の規模拡大であり、世界的に資金の流れが「財務的リターン+社会的・環境的インパクト」の方向へ大きくシフトしていることを示しています。しかし急成長の裏で、「果たして本当に社会的インパクトを生んでいるのか」という懐疑的な視線も強まっています。この信頼の危機に対し、B Corp認証は「第三者の保証」として機能しているのか - ここに重要な研究成果があります。
まずは、She & Michelon(2023)は米国のB Corp企業1,074社の非財務的発信を対象に、法的目的やアカウンタビリティの仕組みがステークホルダーとの対話の質と量を高めることを定量的に示しました。研究はテキストマイニングを用いた実証分析で、認証企業における説明責任の制度設計が、実際に外部との関係性強化に作用していることを明らかにしました17。
次に、Stubbs(2017)はオーストラリアのB Corp14社を対象とした質的調査で、B Corpモデルは単なる認証ラベルではなく「変革のツール」として、企業の内外での正当性を高める役割を果たすと報告しました。経営者たちはB Corp認証を「利益目的と社会目的を両立させるための制度的後押し」と位置づけ、認証を通じて自社のアイデンティティを明確化していました18。
さらに、Paelman et al.(2021)は欧州のB Corp129社を対象に、2013〜2018年の認証前後を追跡し、PSM(傾向スコア・マッチング)+差の差(DiD)分析を実施しました。その結果、**認証の有無は売上高成長率に統計的に有意な正の影響を与え(係数0.1430, p<0.01)、さらに年を追うごとにその効果が拡大する(係数0.0617, p<0.05)ことを確認しました。また、認証前のリード・ラグ検証でも平行トレンド仮定が満たされ、因果推定としての頑健性も担保されています19。
これらのエビデンスから分かるのは、B Corpは「理念的なシンボル」ではなく、①透明性と説明責任を強化し、②組織の正当性を内外に提供し、③企業の実際の成長を後押しする制度であるということです。信頼の危機に直面するインパクト投資市場において、B Corp認証は確かに「機能している」のです。
🛠️ AENUの事例
ドイツを拠点とするインパクトVC AENU は、2024年にB Corp認証を取得し、127.5点という認証基準(80点)を大きく上回るスコアを記録しました20。これは、同社が独自に構築した Systemic Impact Framework によるものです。
このフレームワークは単なる投資前のスクリーニングにとどまらず、投資プロセス全体を貫く仕組みとして設計されています。その構成要素は大きく4つに整理できます。
テーマ選定
AENUは、投資先を「気候変動」「社会的公平性(equity)」「ヘルスケアアクセス」などのシステミック課題に限定。各案件がこれらテーマにどう寄与するかを、投資前に定性的・定量的に評価します21。インパクト測定(投資前)
投資前の段階で、プロダクトやサービスがもたらす社会・環境インパクトをKPIに落とし込みます。ここで用いられるのは温室効果ガス削減量、医療アクセス改善率、サービスの包摂性など「事業そのものが生むアウトカム」に焦点を当てた指標です22。モニタリング(投資後)
投資後も四半期・年次でKPIをモニタリングし、投資先と定期的なレビューを実施。これにより、事業成長とインパクトの両立を継続的にチェックします。単なる報告義務ではなく、投資先企業の成長支援の一環として組み込まれている点が特徴です23。外部レビュー
自社評価だけでは不十分との認識から、第三者の外部アセッサーによるレビューを導入。これにより、いわゆる「自己採点」や「インパクト・ウォッシュ」への批判を回避し、投資家・ステークホルダーに対して透明性を担保しています24。
AENUのCEO Heilemann氏は、この仕組みを次のように表現しています。
“This is not a checklist, it is the core of our daily work.25”
(これは単なるチェックリストではなく、私たちの日常業務の中核なのです。)
💡 Eka Venturesの事例
英国を拠点とする Eka Ventures は、2020年に設立された比較的新しいインパクトVCですが、設立当初から 「Shared Value(共有価値)」 の概念を投資哲学の中核に据えています。共同創業者であるGeneral PartnerのCoker氏は、次のように明言しています。
“We define our impact focus as only investing in companies where the product delivers a direct and measurable societal impact.”
(私たちのインパクトの焦点は明確です。製品が直接的かつ測定可能な社会的インパクトを生む企業にのみ投資します。)26
この発言に象徴されるように、Eka Venturesは「社会的インパクトが副産物になる企業」ではなく、事業の中核そのものが社会的インパクトを生む企業だけを投資対象にしています。
Eka Venturesは投資を2つのテーマに絞り込んでいます。
消費者の健康(Consumer Health)
予防医療へのシフトを促すテクノロジーやサービスを対象に。従来の「治療中心の医療」から「予防中心のヘルスケア」への移行を後押ししています27。持続可能な消費(Sustainable Consumption)
直線的で浪費的な消費モデルを、循環的かつ脱炭素型の効率的なモデルへと転換するスタートアップを支援。たとえばフードロス削減やサプライチェーン効率化などが含まれます28。
これら2つの領域に共通するのは、「経済的価値と社会的価値を同時に創出する(Shared Value)」という考え方です。Coker氏は「波のように押し寄せる技術革新が、既存企業には存在しないShared Valueの機会を切り拓く。だからこそ、我々はファンドとして存在するのだ。」と強調しています29。
“We believe that waves of technology unlock shared value opportunities that don’t exist for the incumbents. That is why we exist as a fund.”30
🪞 仕組みとしての当事者意識、日本VCへの問い
AENUとEka Venturesに共通するのは、単なる理念や宣言ではなく「仕組み化された当事者意識」です。インパクトを測定する枠組みを投資プロセス全体に組み込み、外部の検証に晒し、自らもその基準を引き受ける。その姿勢こそが、B Corp認証VCの真価を形作っています。
Heilemann氏が「チェックリストではなく日常の中核」と語ったように31、制度は日常業務に埋め込まれてこそ意味を持ちます。Coker氏が「Shared Valueとは経済的価値と社会的価値を並行して創造すること」と明言したように32、基準は抽象的な理念ではなく、投資判断を方向づける具体的な指針なのです。
この視座は、日本のVCにも重要な示唆を与えます。近年、業界ではDEIやコンプライアンスの問題が注目されましたが、課題はそれだけではありません。国際的な資本市場との接続が進む中、LPや起業家、そして社会全体から「自社はどうなのか」と問われる時代に入っています。
幸いにも、日本には「三方よし」や「もったいない」といった持続可能性に根差した価値観があります。これを現代の投資フレームワークへと翻訳する手段のひとつが、B Corp認証という「責任を制度に組み込む仕組み」です。それは一時的な評判づくりではなく、信頼と成長を両立させる現実的な道筋になり得ます。
研究もこれを裏付けています。She & Michelon(2023)は、B Corp企業の説明責任メカニズムがステークホルダーとの対話を強化することを示しました33。Stubbs(2017)は、認証が企業の内外で正当性を高める「変革のツール」として機能することを明らかにしました34。Paelmanら(2021)は、欧州B Corpの大規模データを用いた分析により、認証が売上高成長に統計的に有意な正の効果をもたらすことを実証しています35。
したがって、B Corp認証は単なる称号ではなく、日本のVCが国際的な信頼を築き、未来の資本市場で存在感を発揮するための現実的な選択肢となり得ます。
最後に、静かに問いを残したいと思います。「私たちは、どのような基準で信頼を築いていくのか?」この問いに向き合う姿勢こそが、日本のVCが次の時代を形づくる鍵になるでしょう。
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