なぜ今、インパクト投資にシステム思考なのか
ISSUE14|数字の背後に潜むパターンを探る旅の始まり
インパクト投資は、この十数年で目覚ましい発展を遂げてきました。日本市場においても、その拡大は顕著です。GSG Impact JAPAN が2025年3月に発表した年次調査によれば、国内のインパクト投資残高は17兆3,016億円に到達し、前年度の 11兆5,414億円 から 150%増 を記録しました。増加額の大半を担ったのは既存大手金融機関であり、とりわけ銀行と生命保険会社8社が全体の 94% を占めています1。
視野を世界に広げると、GIINが推計するインパクト投資残高は約1.57兆ドル(約235兆円)に上り、その47%を北米、約4分の1を欧州が占めています23。欧州だけを見ても市場規模は1,900億ユーロに達しており4、多様なアセットクラスが駆使されています。世界全体ではプライベート・エクイティが最大の資産クラスですが、エマージング市場志向の投資家ではプライベート・デットが43%を占めるのに対し、先進国市場志向ではわずか4%と大きな差があります5。一方で日本は、国内投資のアセットクラスがデット偏重(融資72%、債券15%、非上場株式2%)という特徴が際立っています6。
この数字の伸びと構造の違いは、何を物語っているのでしょうか。市場が大きくなっていること自体は希望を与えます。しかし、その資本が社会の「仕組み」をどう変えているのかを見なければ、私たちは数字の背後に潜む問いを見逃してしまうかもしれません。
🕰️ システム思考とは何か、これまでの歩み
システム思考は、物事を部分ではなく、相互に関係する全体(システム)としてとらえる思考法です。出来事だけを見ず、それらを生み出しているパターン、構造、前提(メンタルモデル)に注目することで、深い理解と持続的な変化を可能にします。
1950年代、MITのジェイ・フォレスターは「システム・ダイナミクス」を提唱しました7。組織や都市、政策が時間をかけて反応し、変化する様子を「フィードバック」と「遅延」の視点で捉えたのです。次いで1972年、ローマ・クラブの報告書『成長の限界』が発表され、人口、資源、環境などが相互依存し、成長に限界があるというシナリオを世界モデルで示しました8。1990年代にはピーター・センゲが『学習する組織』で、組織が自己修正し変化に対応し続けるにはシステム思考が不可欠であることを説き9、続く1999年、ドネラ・メドウズは「レバレッジ・ポイント」の概念を提唱し、システムにおける介入点の階層性を明確にしました10。こうした流れが、現在のインパクト投資の議論における基盤を成しています。
🌍 投資の現場における最近の潮流
近年、実務家の間でシステム思考を投資判断に組み込む動きが具体化しています。
2025年5月にRockefeller Philanthropy Advisors(RPA)が公開した「Systems Thinking for Impact Investing: Primer, Playbook, and What’s Next」は、PrimerとPlaybookから構成されており、そのスタート点を明確にしています11。
Primer は、インパクト投資家にとってなぜシステム思考が重要なのかを整理し、6つの「思考のシフト」を中心に据えた統合フレームワークを提示します12。短期的な成果から長期的な変化へ、個別案件からエコシステム全体へと視点を転換することの必要性を強調しています。また、初めて取り組む投資家でも実行可能なスタート地点や事例を紹介し、「システム思考は特別な専門家だけのものではない」ということを示しています。取り上げられている事例には、Access Foundation、Omidyar Network、elea Foundation、Working Capital Fund、Laudes Foundation、Acumen など多様な投資主体が含まれ、システム思考が投資規模や組織タイプを問わず応用可能であることが浮き彫りにされています。
Playbookは、Primer を補完し、投資家が実際にシステム思考を導入するための実践的なガイドです13。ワークシートや問いかけが豊富に含まれ、案件レベルでのマッピングから、投資戦略やポートフォリオ管理における適用までを段階的にサポートします。特徴的なのは「学びながら進める」ことを前提にしている点であり、システム思考を完璧に理解してから始めるのではなく、実務に取り入れながら学習し続ける姿勢を推奨しています。
2023年7月にImpact Frontiers が公開した「Getting Started with Systems Mapping & Impact Management」14では「システム・マッピング」を通じて案件レベルとポートフォリオレベルの両面から意思決定を深める方法が提示されています。外部性やリスクを包括的に捉え、複数のステークホルダーや制度的制約を可視化することが、投資の質を高めるうえで不可欠であると強調されています。
こうしたツールの登場は、インパクト投資が「測定・管理」から「システムチェンジ」へと進化する過程にあることを物語っています。投資家は、従来の線形ロジックモデルを補う形で、より深い視座を得ることができるようになりつつあります。
🔄 線形ロジックモデルの限界を問い直す
ロジックモデルは「資金→活動→アウトプット→アウトカム→インパクト」という因果の流れを明確にし、モニタリングやレポーティングに強い枠組みです。しかし、このモデルはフィードバックループや遅延、人と制度・環境との相互作用、非意図的な副作用を見落としがちです。たとえば、あるサービスへの補助を増やすとアウトプットはすぐ上がるが、制度的制約(規制、人的資源、住環境など)があるためアウトカムは頭打ちになる。それでも「活動を増やせば成果になる」というロジックに頼るなら、本質的な改善には至りません。
さらに、ロジックモデルが成果を予測可能なものとみなす傾向があることも問題です。現実には、投入から成果までに時間がかかったり、別の構造が成果を阻むことも多くあります。線形モデルはこのような「時間軸のひずみ」や「思い込み」を扱う枠組みを持っていません。
2025年7月に Triple I for Global Health が発表した実務者向けIMM(インパクト測定・マネジメント)ガイド「Global Health Impact Measurement and Management Practitioner Guide」15は、インパクト投資家・投資先企業・アセットオーナーにとって、資金の流れだけでなく投資とマネジメントのプロセス全体をどう設計し、ステークホルダーとどう関わるかを示す実践的リソースとして位置づけられています。特に、成果を比較可能にするだけでなく、投資家が「制度や文脈」「関係者との対話」「長期的な学習」を意識的に取り込むことを推奨しており、線形モデルが見落とす要素を補う方向性を強く打ち出しています。
このガイドには SIIFIC も取り上げられています。日本のプレイヤーとしての私たちの取り組みが、グローバルヘルス領域のインパクト投資における具体例のひとつとして紹介されていることは、「ロジックモデルを超えて構造的な視点を取り入れる」姿勢が国際的にも注目されている証左といえるでしょう。
こうした最新の動きは、ロジックモデルに安住するのではなく、その限界を見据えつつ新しいIMM手法を模索することの重要性を改めて示しています。私たち投資家が問うべきは、「この投資はどんな成果を生んだか」だけではなく、「どんな構造に働きかけたか」ではないでしょうか。
我々が調査を開始した2022年当初、我々が直面したのは、線形的なロジックモデルに依拠した画一的なアプローチでした。投資先が提示するのは多くの場合、容易には計測できない「一般的なアウトカム」ー たとえば医療費の最適化、QOLの改善、あるいは健康寿命の延伸などでした。ですが、こうした指標はしばしば投資対象企業固有のインパクトを見失わせ、結果的に事業計画書に並ぶ経営数字をそのまま「インパクト」と誤認して測定するケースが少なくありませんでした。
この違和感から我々は、システム思考の視点を導入しました。投資先が社会に与える真のインパクトを抽出し、その中でレバレッジ・ポイントを特定、さらにインパクトKPIへと落とし込む。システム図を基盤とし、それを簡潔に編集したうえで二次元から三次元へと「深さ」を与えます。つまり、メンタルモデルにまで踏み込み、影響力の大きな要因を探り出すことで、システム思考に基づいた論理的な説明が可能となると考えました。こうして描かれたモデルは、同時にロジックモデルとしても機能します。
議論の過程で導き出された核心は、「良いセオリー・オブ・チェンジ(Theory of Change, ToC)とは何か」という問いに集約されました。そして答えは明快でした ー「人を動かすToCこそが良いToCである」。我々はシステム思考に基づき、まず「人を動かすToC」を設計し、それをロジックモデルへと変換しています。すなわち目指すのは、「人が動くロジックモデル」なのです。
🌱 システム思考を取り入れることのメリット
システム思考を投資プロセスに取り入れることには、いくつもの明らかな利点があります。まず、持続可能性のあるインパクトを生み出せる可能性があることです。構造的な課題、たとえば制度・規制・インフラなどに手を入れることで、単発の介入では見えなかった阻害要因を解消できます。それによって、アウトカムの減衰を防ぎ、ポートフォリオ全体で安定した影響を発揮しやすくなります。
次に、投資家としての役割を「お金を出す人」から「仕組みを形づくる人」へと広げる可能性を秘めています。資金提供にとどまらず、契約の条件をどう設定するか、どのような情報を開示するか、あるいは地域社会やステークホルダーとの関係をどう築くか。そうした設計そのものに投資家が関わることができるのです。
ドネラ・メドウズが指摘した「高位の介入点」とは、数値や短期的な調整よりも、ルールや情報の流れ、価値観といったシステムの根幹に近い部分に働きかけることを意味します。投資家がこうした領域に関与できれば、単に資金効率を上げるだけでなく、持続的で大きな変化を生み出す可能性が広がるのです16。
さらに、リスク管理の強化にもつながります。システム全体を可視化することで、遅延、制度的抵抗、副作用といった見落とされがちなリスクに気づくことが可能です。こうしたリスクが見える状態で契約やインパクトKPIを設定すれば、意思決定の過誤を減らせます。
最後に、学習と適応を前提とした運用ができるということです。状況が変われば応じてモデルを更新し、構造を再設計する。これができる投資家や投資先こそが、時間とともに影響力を持ち続けることができます。
✨ 数字の先にある物語を、どう紡いでいけるのか
インパクト投資は、人々の暮らしや社会の制度に本質的な変化をもたらす可能性を持っています。しかし、その可能性を最大限に引き出すためには、いま一度、私たちはその背後にある構造を問い直す必要があります。線形のロジックモデルで満足せず、システム思考を導入することで、私たちはより深く、より持続的に社会を変える道を歩めるでしょう。
市場の拡大は確かに希望です。ただ、その希望を現実の変化へと変えるためには、私たちは自らに問わなければなりません。「この投資はどんなシステムを強め、どんな構造を変えているのか」。その問いに答えようとする姿勢こそが、インパクト投資を次のステージへ導く鍵になるのではないでしょうか。
Forrester, J. W. Industrial Dynamics. MIT Press, 1961.
Meadows, D. H., Meadows, D. L., Randers, J., Behrens, W. W. The Limits to Growth. Universe Books, 1972.
Senge, P. M. The Fifth Discipline: The Art & Practice of the Learning Organization. Doubleday, 1990.




