中小企業のウェルビーイング最前線
ISSUE 18 | Part 2:数字の裏に潜む「停滞の現実」
改善の兆しはある。だが、その先が止まっている。
Part 1では、数字を通して、日本の中小企業が「想像より健全」であることを見てきました。有給取得率は6割を超え、メンタル不調による休職・離職率も大企業を下回ります。もはや「中小企業=働きにくい」という古いイメージは当てはまりません。しかしその一方で、数字の外側には、静かな停滞が広がっています。
制度は整い、数字は改善しても、現場の実感は追いつかない。なぜ“健全”なのに、ウェルビーイングが生活の実感として広がらないのか。今回は、その背景にある四つの構造的な要因 -
人手不足、健診制度、産業医体制、そしてDXの遅れに焦点を当て、「改善」と「停滞」が同時に進む日本の中小企業のいまを見つめます。
🧱 人手不足が突きつける「時間の貧困」
帝国データバンクの2024年調査によると、企業全体の51.7%が正社員不足を訴えています1。情報サービス業では7割を超え、建設業や運輸業でも6割以上と、幅広い業種で人手不足が常態化しています。
中でも深刻なのは中小企業です。東京商工会議所の調査では、中小企業の約68%が人手不足と回答し、その6割が「深刻」または「非常に深刻」と感じています2。中小企業庁の『中小企業白書(2024年版)』も、人手不足を「最も重要な経営課題のひとつ」と位置づけています3。
現場では、
「仕事はあるが、人手不足で受けきれない」という声が業種を問わず上がっています。
人手不足はもはや一企業の経営課題にとどまらず、日本全体の社会構造の限界を映す鏡です。
2025年現在、「団塊の世代」の多くがすでに75歳以上の後期高齢者となり、「団塊ジュニア」も50代に差しかかっています。労働人口の減少は現実のものとなり、“働き手が足りない社会”から、“支える人が足りない社会”へと移行が進んでいます。こうした中で、業務効率化と生産性向上は企業の生存条件そのものとなり、DXによる省人化への早期対応が、もはや選択ではなく必然と指摘されています4。
人が足りないということは、健診を受ける人も、受けさせる人も足りないということです。
現場では「忙しくて健診に行けない」「代わりがいないから休めない」という声が多く、人事担当者も採用・労務・教育・安全衛生までを少人数で担っており、健診や再検査のフォローまで手が回らないのが現実です。
厚生労働省も、中小企業では専任の人事・労務担当者がいない場合が多いと指摘し、人材管理や健康支援の長期化を懸念しています5。
こうした構造の中で、健診の実施率は高くても、再検査や保健指導のフォロー率が伸びないという「制度疲労」が生まれています。
制度は整っても、時間と人の余白が追いつかない。
この“時間の貧困”こそが、中小企業のウェルビーイングを静かに蝕む要因になっているのです。
🩺 健診「受けっぱなし」の壁
日本の定期健康診断制度は、世界的に見ても普遍性の高い仕組みです。法的に「すべての労働者」を対象とし、事業者には年1回の健診実施が義務付けられています6。1972年の労働安全衛生法制定以降、1989年・1998年・2007年と改正が重ねられ、検査項目も生活習慣病リスクの把握を目的に拡充されてきました7。
しかし問題は、その「あと」です。多くの中小企業では健診結果が紙で届き、本人が目を通して終わりです。再検査が必要でも「忙しいから後回し」にされ、再検率や保健指導の実施率を把握できていない企業も少なくありません。結果として、健診が“受けること”自体を目的化した“儀式”になっているのです。
日本産業衛生学会も、この点を制度の限界として指摘しています。同学会の報告書では、課題として「データの電子化・共有基盤の未整備」と「健診結果を行動変容につなげるリテラシー教育の不足」が挙げられています8。つまり、「受けたあと」を支える仕組みが欠けているのです。
健診の普遍性は、日本社会の誇りです。しかし、それを“活かす”には、データを「行動」と「文化」に結びつける力が求められています。
⚖️ 産業医不在という構造的空白
もう一つの課題は、産業医体制の偏在です。労働安全衛生法では、常時50人以上の労働者を使用する事業場に産業医の選任が義務付けられていますが9、49人以下の事業場には義務がありません。実際、日本の企業の約9割はこの対象外にあたります。
厚生労働省の「産業保健のあり方に関する検討会」では、産業医の不足と地域格差を踏まえ、「チーム型産業保健体制」や「遠隔産業保健支援(tele-occupational health)」の導入を検討しています10。経済産業省も、地域産業保健センターとの連携や小規模事業場向け支援の拡充を提言しています11。
こうした動きは始まっているものの、現場への浸透には時間がかかります。産業医がいない職場では、健診の事後措置やメンタル支援が個人任せになりやすく、「チェックされても支援されない」構造が依然として残っています。
💻 DXの遅れと“やりっぱなし”の構造
中小企業の健康管理は、依然として紙・FAX・Excelが主流です。健診結果は紙で保管され、分析や活用まで至らないケースが大半です。
厚生労働省が推進する「健康経営優良法人」制度によれば、2024年度に認定を受けた中小規模法人は16,733社。一見多く見えますが、全国の中小企業336万社と比べれば、わずか0.5%に過ぎません12。
つまり、多くの中小企業はまだ「デジタルによる健康管理」に到達していないという現実があります。「やって終わり」「提出して終わり」・・・ 制度があっても、それを支える仕組みがなければ、ウェルビーイングは根づきません。
🔍 改善と停滞のあいだで
こうして見ると、日本の中小企業のウェルビーイングは「改善」と「停滞」が共存しています。
有給取得率は上がったが、特別休暇は限定的
健診は全員受けるが、再検査のフォローは十分でない
ストレスチェックは普及したが、分析や改善につながっていない
制度は整ってきたが、現場は人手不足で回らない。
数字は前進を示しながら、体感は変わらない。このギャップこそが、今の日本の中小企業が抱える「静かな停滞」です。
💡 SIIFICの視点:制度を「生かす力」に投資する
SIIFICウェルネスファンドがPersonal Health Tech(PHT)に投資した背景には、この停滞を動かすという明確な意図があります。PHT社のプラットフォームは、健診データをデジタル化し、再検査や保健指導をリマインドします。管理者も従業員もリアルタイムで状況を共有し、行動変容を促す。それは単なるDXではなく、制度を「生かす力」=ウェルネス・リテラシーの再構築です。
ウェルネス・リテラシーとは、自分の健康状態を理解し、生き方を選択する力。そしてソーシャル・キャピタルとは、支え合う文化を生む信頼のネットワーク。この二つが結びついたとき、健診制度は初めて“生きた仕組み”となります。
🚀 つづく:人手不足社会を超える「行動するデータ」へ
数字は改善を示しました。
制度も整いはじめています。
それでも、現場にはまだ“停滞”が残っています。
では、どうすれば制度が「生きた仕組み」になるのでしょうか。
どうすれば数字の先に“人の行動”を生み出せるのでしょうか。
Part 3では、PHT社が描くウェルネスDXの未来を追います。
健診を「受ける」から「使う」へ。
健康を「与えられる」から「選び取る」へ。
PHT社の挑戦が示すのは、制度の先にある“人の力を生かすウェルビーイング”のかたちです。
帝国データバンク. (2024). 人手不足に対する企業の動向調査(2024年10月).https://www.tdb.co.jp/report/economic/20241113-laborshortage202410/
東京商工会議所. (2023). 人手不足の状況および多様な人材の活躍等に関する調査. https://www.tokyo-cci.or.jp/page.jsp?id=1201013
中小企業庁. (2024). 中小企業白書 2024年版 第2部 第1章 第1節.https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2024/chusho/b2_1_1.html
帝国データバンク. (2024). 人手不足に対する企業の動向調査(2024年10月).https://www.tdb.co.jp/report/economic/20241113-laborshortage202410/
厚生労働省. (n.d.). 雇用情勢に関する調査報告書(採用活動・労務担当の人手不足への影響).https://www.mhlw.go.jp/content/11801000/000573847.pdf
Ministry of Health, Labour and Welfare. (1972). Industrial Safety and Health Act (Act No. 57 of 1972).https://www.japaneselawtranslation.go.jp/en/laws/view/3440/en
公衆衛生. (1989). 労働安全衛生規則等の一部改正について. 『公衆衛生』, 53(12).
日本産業衛生学会. (2023). 一般健康診断の発展と見直しの動向. https://sangyo-doctors.com/wp-content/uploads/20231221_ippankenkoushindan.pdf
厚生労働省. (1972). 労働安全衛生法. https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=74001000&dataType=0&pageNo=1
厚生労働省. (n.d.). 産業保健のあり方に関する検討会. https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-roudou_558547_00014.html
経済産業省. (n.d.). 産業保健のあり方に関する検討状況. https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/kenko_iryo/kenko_toshi/pdf/007_s02_00.pdf
経済産業省. (2024). 「健康経営優良法人2024」認定法人が決定しました!https://www.meti.go.jp/press/2023/03/20240311004/20240311004.html


